非凡を愛す
7
「え?」
自分の意志の外から発せられた言葉に、思わず声を上げた海と同じような驚きを私は感じた。けれどそれが数秒する頃には唐突にその感情が私の体になじんでいくように理解される。私は影を自分の手で優しくつかみなでながら海を見た。
「私を、海の星につれてって……!」
話しているうちに喉の奥がきゅう、と詰まって嗚咽が漏れ出す。
「……だめだよ。それは、だめなんだ。」
「どうして?」
海は苦しそうな顔をした。言葉をためらうように。それでも一度言葉をはじき出した私はためらうことなく彼に問う。海は影で顔を覆いながら下を向いた。
「僕の星は、ここからとっても遠いところにあるんだ。他の星の人がきたこともない。もし凪ちゃんが僕の星に来れても、凪ちゃんが変わっちゃうかもしれない。とっても危険なんだ。体の形が変わって……腕がちぎれたり、顔が変わっちゃったり、もしかしたらそれだけじゃすまない。死んじゃうかもしれないんだよ?僕はそんなの、いやだよ。凪ちゃんに、ずっと生きていてほしいよ!」
海の言葉が激しくなっていくにつれて、私は彼の影を話さないようにぎゅうと掴んだ。もしこの腕を伸ばして彼の体に届くなら、いっそ抱きしめてしまいたかった。悲しみと怒りといとおしさがないまぜになって私と海に押し寄せる。海の懇願にも似たその言葉に、私も弱々しい叫びをあげる。
「腕がなくなったって、増えたって、体がばらばらになったっていい。一分でも、一秒でも、私は海と一緒がいい……!」
たとえあなたが十本足の怪物でも、形のない影でも、形さえなくたって、あなたが好き。こんなの私らしくない。私は何よりも普通でいたかったはずだ。なのに今私は、それとは遠くかけ離れた存在を求めている。だってどんなに形が変わったって、私には今目の前にいるあなたが海以外の存在だとは思えないから。どうあらがっても、私が愛した海でしかないから。自分でも意識しないうちに、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。それが私の頬に触れる陰に垂れるたびに、影のぬくもりはより確かなものに変わっていった。私の涙につられるように、海も気づけば泣いていた。
「君は、どうしてそんなに僕を目覚めさせるんだろう。」
海は、独り言のようにそう言った。
「凪ちゃんに生きててほしいのに、なのに今、どうしても凪ちゃんに離れてほしくない僕がいるんだ。どうしてだろう。また僕はおかしくなっちゃったのかな。」
泣きながらそう言葉を続ける海を、私は手を伸ばしてその陰に飲み込まれるように抱きしめる。感触ははっきりとはわからないままだったけど、人の姿をしていた時の彼の髪をなでるように手を動かした。
「それもたぶん、『愛』っていう感情なんだと思うよ。」
私が、そうであってほしいと思うんだ。
もうそれからは何を言えばいいのかはわからなくて。きっと何も言わないほうがよくて。私は海の陰に包まれながら泣いた。海の顔はまた次第に見えなくなったけれど、海もきっと泣いていたと思う。それがやはり私にはいとおしく思えた。たとえ体がばらばらになって、地球の誰も経験したこともないような痛い死に方をしたとしても、その横に海がいるならそれでいいと思った。このまま普通に歳をとっておばあちゃんいなって、まだであったこともない誰かに手を握られて死ぬよりも、いま宇宙人のそばで死んでしまったほうが私にはよっぽど魅力的だったのだ。たとえ明日の今頃私は死んでしまっていたとしても、何の後悔もない。そう思った。
