非凡を愛す

4

 それは、なんてことない夜だった。と海は言う。仲の良い友人との飲み会で気が緩んで、お酒を飲んで酔っ払ってしまった私を、海は迎えに来て家に上げてくれたらしい。そういえばそんなこともあったと、言われたとたんに思い出す。朝起きると海が横で寝ていて、飛び上がるほど驚くと同時に申し訳なさで死んでしまいそうになった記憶があった。
「酔っぱらってうちのソファに倒れこんで、ふにゃふにゃな口で支離滅裂な言葉を話す君を見て、僕もそれにつられちゃったのかな。何を話しても許されるような気がしたんだ。だから君に言った。」
 『僕は、宇宙人だよ』って。
 海の言葉を聞きながら、私はその時の記憶を必死に掘り起こしていた。うすぼんやりと記憶がところどころ浮かび上がってくるけれど、それがまとまった映像にはなってくれない。当たり前だ。酒が入った脳みそでまともな思考ができるほど私は強くない。でも海のその語り口にはなんだか実感があって、それはきっと確かに私の身に起きた出来事何だろうと思わせる何かがあった。海はまた、私を見ていた。一言もしゃべれない私を見て、海は目を細めて微笑む。
「そしたらね、凪ちゃんは言ったんだ。『それで?』って。」
 海はおかしそうにくすくすと笑い声をあげた。
「それで僕、本当にびっくりしちゃったんだ。あまりになんてことない様に返事しちゃうから。しかも凪ちゃんはそんなこと気づいてないみたいで、『もっと聞かせて』なんて言ってさ。」
 心底嬉しそうに笑ってそう言葉を紡いでいく海の姿を見て、私が新たに思い出したのは膜を一枚隔てた先にあるようなおぼろげな声と手や頭から伝わってくる柔らかな熱だった。これが、彼が話している夜なのだろうか。私の記憶に残っているそれは、けれどあまりにも穏やかだ。とても恋人から宇宙人であることを打ち明けられた時のこととは思えない。感情がどんどん体の中でぐるぐるとかき混ぜられていくような感覚。けれどそれが不思議と不快に感じられなくて。私は海の穏やかな顔を見れば見るほど、心がドロドロに溶けていくような気がして、そのことのほうが何だか悲しくて目の奥がじんわりと熱くなった。
「僕がこうやって凪ちゃんに出会うまでの話をしたら、凪ちゃんはそのひとつひとつに楽しそうに笑ってくれて。でも一番うれしかったのはそれじゃなくてね…。僕がそうやって全部凪ちゃんに話してしまったあと、凪ちゃんは今にも寝てしまいそうなほどうとうとしてて。それでも僕の手にそっと触りながら、こう言ってくれたんだよ。」
 ______海が、地球にきてくれてよかった。

 「…僕の星でも仲間意識とか、信頼とか、そういうつながりを持つ概念はあるんだけど、個体同士の意識の距離感が近すぎて地球で言うところのそれとは少し感覚が違うんだ。だから僕は地球に来て、初めていろんな感情の区別を知った。でもそれを実感として理解したことはなくて…でも凪ちゃんのその言葉を聞いた時、そのとき、今まで感じたことのない感覚が体の中を迸ったような気がしたんだ。戸惑った僕は、そんな中でもそれを表す言葉を知ってた。そうやって気づいたんだ。これが多分、『愛情』という種類の感情だって。」
 海が話すたびに喜びで上ずっていく声音が、私の心臓を震わせた。海は瞳に涙を極限までためて、それでも私から目をそらさなかった。
「その時僕は、夢からさめたような気がしたんだ。凪ちゃんが、僕を起こしてくれたんだ。」
「……凪ちゃんが、凪ちゃんだけが、僕のこころの、一番柔らかい所に触れたんだよ。」
 海は笑っていた。綻ぶように。花が咲くように。あるいは、波が寄せて引くように。そのことばとその声音で私は、彼の言う『大きな誤算』が何であるかを、感覚的に理解した。
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