非凡を愛す

2

海とは大学のサークルで出会って、普通の男の人だけど一緒にいると何となく落ち着けて、今までであった男の人の中で一番息がしやすかったから付き合い始めた。私たちはなかなか相性のいい二人だったと思う。海は少しおっとりした性格で、いつもかすかな微笑みを浮かべていた。細かい物事に頓着しないたちで、記念日なんかも思い出したら祝うぐらい。すこし適当なところがある私にとってはそれがありがたかった。特別なお祝いとか、そんなことはほとんどしたこともないけれど、私はお互いぽつぽつと会話をしながら一緒にいる時間が好きだった。海は普通の人。少なくとも私が彼と知り合ってからずっと、そうだったはずだ。そんな彼が、いったいなぜ。 「……ごめん、あんまりよく聞こえなかった。もう一回言ってくれる?」
 眉間をひくつかせながら私は海にそういった。海は私が返答したのに安心したのかなぜかほっとしたような表情を浮かべる。
「うん、大丈夫だよ。じゃあもう一回言うね。凪ちゃん…僕はね、君たちで言うところの宇宙人、」
「ごめん、やっぱり一旦ストップ。」
「えっ!?」
 最後まで聞けずにいったん待ったをかけてしまった。だけどこれはそうなっても仕方ないだろう。というよりやはり聞き間違いではなかった。頭が混乱に支配されてまともな判断ができそうにない。なぜ彼は急にこんなことを言い出した?
 『凪ちゃんに話したいことがあるんだ。』
 突然そんなことを言われて、改まってどうしたんだろうと思った。かなり長く付き合っているし、もしかしたら結婚……?いやもしかして別れ話かも……なんてぐるぐると思案を巡らせていたら、彼の口から放たれたのはそんなものをはるかに超えた予想外の真実。
 ふぅ、と一度息をついて冷静になろうと必死に努める。だがいくら冷静になろうとしてもこの状況では無理があった。目の前の海はきょとんと不思議そうな顔をしていて、それがもはや恨めしい。とにかく何か話を続けてみよう。私は無計画に口を開いた。
「あのちなみに、どの辺の星の……?」
「えっと、難しいな。この星にはない音だから……。一応僕が言える通りに発音すると、%&#*|?ってところ。」
「なんて!?」
 こんがらがった頭で思わず投げかけた質問は私をさらに混乱の渦に叩き落した。いま、途中彼が何と言ったのかわからなかった。いや、何か音が存在したのはわかったのだけれど、それがどんな音なのか認識することができない。脳が理解を阻む感覚。しかし今のでいよいよ私の当否は不可能となった。正真正銘、彼はそう、全く信じられそうにないけれど……この星の生き物ではない、のだろう。
「凪ちゃん、大丈夫?」
「うん、やっぱりちょっと大丈夫じゃないかも…。ちょっと情報量が……。ていうかなんで今急にそんなこと言ったの…?」
 頭を押さえながらなんとか声を押し出すように言うと、海はまたきょとんとした顔をして私のほうをまっすぐに見た。
「え?急じゃないよ?僕前に一回言ったと思うんだけど…。」
「はっ!?いつ!?」
「三年前くらい。あ、でも凪ちゃん酔っぱらってたから覚えてないかも。」
「もっと確実に記憶が残るときに言え!!」
 自慢じゃないが、私は酒がべらぼうに弱い。ビール一杯ですら飲みきれないほど。おまけにすぐにべろんべろんになって自分でも何をしでかすかわからないので、家にいるとき以外は基本飲まないようにしている。つまりそんなほぼ別人格な状態でそんな事実を暴露されたところでそれを覚えている確率はほぼ、ゼロだ。海だってそれがわかってないわけないはずないのにあまりにもあっさりとそう告げてくるので、私は再びそう突っ込んでしまった。つまりだ。海にとってこれはあくまで私に一度打ち明けた事実で、私はそれに関してすでに了承しているつもりでいた。ということは彼が私を呼び出した時の「話したいこと」って、一体何なのだろうか。
「それでね凪ちゃん。僕が凪ちゃんに言いたいことっていうのはこれじゃないんだ。もっともっと大事なこと…だと思う。」
 これ以上に大事なことって一体なんだろうか。そう頭の中で思う。でもその時の海の瞳はとても真剣で、私はそれを言葉にすることなく黙った。正直、もう大して驚かない自信があった。彼氏が宇宙人であること以上に驚くことって何だろうか。たとえ明日地球が滅びるといわれたとしても、私はこんなに驚きはしないと思う。海は私から目をそらさずに、ゆっくりと口を開いた。
「あのね、凪ちゃん。」

 ――僕、もうすぐ帰らなくちゃいけないんだ。
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