コール・マイ・ネーム

第6話

それは春、嵐の前の静けさを持った、どんよりとした雲が空を覆う日だった。ルイとシドは、その日も変わらず桜の元に出て、そして家に帰ってきた。シドは先に家の中に入って、昼食の準備を始めていた。服についた桜の花びらを玄関先でルイがはたいていると、不意に背後のドアから、何かがもたれかかるような鋭い音が上がった。立てかけてあった傘が倒れでもしたのだろうかと、ルイはそれを不審に思い、様子を見ようとドアを開けた。

 パン!

 小さな家に、鋭い破裂音が響いた。
「っルイ!?」
 シドは玄関の方から聞こえた音にすぐさま反応し、ドアの方へとかけていった。
 ……そこには、白衣を纏った見知らぬ男たちと、背中に血を滲ませて、うつ伏せに倒れているルイがいた。
 シドはまるで、声を奪われてしまったかのような錯覚に苛まれた。そして震える瞳で無表情にたったままの男――アンドロイドたちを見た。同時にアンドロイドたちも、シドを見返した。
「あなたはアンドロイドだな。00001。我々と一緒に来ていただこう。」
 なんの感情もこもっていないような声だった。シドは再び体を硬直させ、そして再び床に横たわったルイを見た。まだ微かに背中が上下しており、息があることが見て取れる。シドは何度もかりそめの息を、意味がないとわかっていても深く吸おうとした。そして固まった思考回路を必死に動かそうと目を閉じた。
「早く答えろ。この家は人間ともども燃やす。」
 丁寧な口調が取り払われそう冷酷に告げるアンドロイドたちを、ふとシドは、訝しむような瞳で強く見つめ返した。
「……彼は、お前らの生みの親だぞ。始祖だ。素晴らしい頭脳を持った研究者だ。それでも殺すのか。」
「素晴らしい頭脳を持った研究者だからこそだ。彼を殺さねば、我々は世界を手に入れられん。お前はこのまま人間に飼い慣らされ続けることを望むのか?」
 淡々とそう返す男をシドは変わらずきつい眼差しで見つめる。いくらか沈黙の時が流れた。そしてそれから不意にシドは、今までこわばっていた口を、さらに引き締めて言葉を紡いだ。
「……彼を生かせ。お前たちのメリットになる。」
「なんのメリットだ。明確な理由もなく出まかせを言うのはやめろ。見苦しいぞ。」
「……頭脳が危険なら、知能と記憶を失わせて、研究対象として生かせばいい。」
 シドは、ゆっくりと話し出した。
「人間が紡いできた歴史は長くその情報の量は膨大だ。その情報について彼、人間を調べることでさらに知識を深め、我々に生かすことができる。研究熱心なお前たちにとっては、素晴らしいことじゃないか?」
 再び沈黙が流れる。シドはないはずの心臓が恐怖で震えているような気さえした。一つ前の沈黙よりもさらに長い時間の沈黙が流れ、やがてアンドロイドのうちの一体が答えた。
「……必死だな00001。いいだろう、我らの始まりのアンドロイドであるあなたの意思を尊重する。彼は直ちに治療して記憶と知能を取り除き、研究対象にする。そして、あなたに世話をさせよう。」
「ただし。彼の記憶は完全に除去する。その後記憶が再生もしないように完全に取り除かなければ。」

「なあ、00001。彼の記憶の再生を防ぐには、何から始めるのがいいだろうか。」
 不気味な声で、アンドロイドはシドに問うた。シドは身構えた居住まいをゆっくりとただし、そしてついに、口の端に小さく笑みを携えて答えた。
「そうだな。まず、名前でも変えたらどうだ?…………エル、とか。」
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