コール・マイ・ネーム

第5話

 世界初完全自立行動をする人型アンドロイドを開発した研究者は東洋出身の天才少年科学者だった。彼の名を「ミヤハナ・ルイ」と言い、その名は瞬く間に世界へ広がった。

 シドが初めて視界にとらえたのは、まだ幼い少年の疲れ切った笑顔だった。
「目が……目が開いた……!」
 うっすらと開いた視界に映り込んだ少年は、乱雑に伸ばされた黒髪を一つにまとめ、少しサイズの大きい白衣を着て、そして髪と同じくキラキラとした黒い瞳で己の方を見つめていることを、シドは自覚した。やがて目が完全に開くとまるで初めから知っていたかのような動作で体を起こす。やったことはなくても、彼の体はひとりでに動いた。目の前の少年は声も出ないと言った様子でシドの動きをただ歓喜に染めた瞳で見つめていた。腕を上げる。指を折り曲げる。少ししたらなんとなく体と自分が一体化した心地になって、そして初めてシドは、目の前の少年を見た。
「はじめまして」
 そしてまた初めから知っていたように口角をやんわりと持ち上げ、少年に向けて微笑んだ。シドは少年の微笑みを見て、彼の気持ちを知り、そして同じように、自分にも心が宿されていることを知った。それは間違いなく、目の前の彼がシドに宿したものだった。少年はたまらなくなったように体を震わせ、自分よりいくらも大きいシドの体に抱きついた。
「やっと……やっと成功したよぅ!はじめまして……!」
 シド……!
 それが、この世界に初めて「シド」というアンドロイドが誕生した瞬間だった。
 一人と一体は、それから瞬く間に注目を浴びるようになった。もともと海外に留学し飛び級、幼くして研究職の仲間入りを果たしたルイへの期待は凄まじいものだったが、それが結果として現れたことにより、人々はさらにルイを持て囃した。そしてシドのデータをもとに、研究者たちはアンドロイドの性能向上などの目的に向かってまた進みだした。彼は、人類の発展に新たな一石を投じたのだ。
 シドは、ルイの唯一無二の助手として、その研究を手伝うこととなった。彼らの手によって、数多くのアンドロイドが生み出された。世界は発展し、より良い方向に向かっていく。ルイが青年になるころにはアンドロイドはより一般的なものになり、そして開発の担い手も多くなった。ルイは、世界を大きく変えてしまった。そして他人とは比べ物にならないほどの速度で人生を駆けていた彼は同時に、これ以上自分の力は必要ないだろうということを悟った。
「後は後任の人に頑張ってもらおう。」
 そう言って、ルイは彼が生み出したアンドロイドと共にあっさりと第一線を退いてしまった。代わりにルイは、また自分の研究したいことが見つかるまでの休暇だと言って、彼は母国に帰国し、山の方の土地を買い、そこに小さな家を建てた。普通だったら、まだ学びのさなかで青春を味わっていたであろう少年のうちに強大な知能により有り余る富と名声を手に入れてしまったルイは、早くにして安息を求めていたのだ。自分が作り出したアンドロイドであり、最大のパートナーであり、そして誰よりも何よりも、友愛や恋を超えて愛したシドにも、できればそのそばにいてほしいと願った。誰よりも近くで己を支えてくれたシドは、ルイにとってはとっくになくてはならない存在だった。
 シドはもちろん、断らなかった。それは単なる主従関係だけではなく、シド自身が、ルイという人間を、本当に誰よりも大切に思い、彼の幸せのためならなんでもしてやりたいと思うほどに愛していたからだった。
「シド、あいしてる。」
 シドがルイの誘いに首を縦に振った時、ルイは初めてシドと出会った時のように彼の首に飛びつき、未完成な細い腕でぎゅうと抱きしめた。シドは回された腕に応えるようにあのころから少し大きくなった青年の背に腕を回し、ないはずの己の心臓の音が届くくらいに強く抱きしめた。
「僕も。」
 心から、あいしてる。
 彼らが買った土地には、一本の幹の細い桜の木があった。横よりも縦にすらりと伸びて、春には桜吹雪を散らせるその下で、二人は本を読んだり、たわいもない話をした。ルイはまだ若い。それからの彼の人生を再び歩み始めるために、その時間はとても大きな活力となった。
 ……しかし、変革は訪れる。アンドロイドたちが反抗をはじめた知らせは、すぐにルイの元へと届いた。しかしルイは、それを気に留めなかった。ルイはモノの本質を見ることに長けており、彼らが反抗を始めた時点で、アンドロイドが人類よりも優ってしまったことをよく理解していた。そしてルイは、その流れに身を任せることを決めた。


「今からでも戻って!じゃないとルイも……!」
 シドはルイに強く反対した。それはひとえにルイの命が危険にさらされることを理解したからであり、それ以外の人間のことなど気にかけていなかったのだが、ルイはそれでも拒否した。
「正直、思い残すこともないなあ。シドと会えたし、いろんなことを知れたし、こんな素敵な場所で過ごせたし。もしこれで僕が殺されたら、それは理不尽でもなんでもなくて、彼らを生み出した人類の――僕のせいだよ。紛れもない、因果応報だ。」
 ルイはそう言って、ふふ、と穏やかに笑った。桜の葉を揺らす風が、ルイの美しい黒髪を靡かせた。
「それよりもシド、僕、このまえ話してた映画観たいなぁ。一緒に見ようよ、ね?」
 いたずらっぽく笑うその姿さえもシドにとっては何よりも美しくて、結局シドはそれ以上何も言うことができなかった。それが甘えだということぐらい、十分に分かっていたはずなのに。
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