コール・マイ・ネーム
第10話
桜吹雪が舞う木の下で心地よさげに空を見上げるルイを、覗き込むように僕は声をかけた。ルイの瞳は、僕をしっかりと見つめる。
あれから気がついたら、約一年の時がたった。
突然世界から姿を消したルイは、突発性の病により死亡したことになった。下手に騒ぎ立てて彼のさまざまな情報が明るみにあるのを恐れた施設は、結局ことを荒立てず全て「仕方がなかった」ことに片付けたらしい。突然駆け巡ったニュースは一時社会を驚愕させたが、日々流れていく時の中で、やがて忘れられてしまった。
僕たちは再び、ここで共に生きることを決めた。かつてのように小さな家で、二人だけで。いつか終わりが来るその日まで。ルイは完全な回復を果たした訳ではなかったが、それでも彼は一年前に比べて、少し変わった。
僕に手を引かれなくても、好きな場所へ歩いて行き、好きな場所で何かを眺めて、好きな場所で眠れるようになった。
パンと果物とミルクに加えて、ベーコンと目玉焼きを朝に食べ、夜は肉や魚を食べられるようになった。
僕の作った食事を食べて「おいしい」と言い、家の中に取り残されていた簡単な文字と言葉で書かれた本を声に出して辿々しくではあるが読むようになった。
僕が抱きしめて優しくほおにキスをすれば、恥ずかしそうに声を出して笑うようになった。
怖い映画を見たら、半ば泣きそうな声をあげて怖がるようになった。
言葉を、体を、感情を、完全とは言えなくても、ルイは少しずつ取り戻していった。……そして。
「シド。」
ルイはもう一度、僕の名前を読んで、微笑んでくれるようになった。
全てが完璧にはならない。それでも、僕たちはこの穏やかな日々の中を少しずつ歩んでいた。けれどこの穏やかな生活すらも、僕の自分勝手が始めたものかもしれない。……それでも僕は、もう自分の行動を後悔する気にはなれなかった。
ルイに微笑んで「なあに。」という。ルイは地面に横たわっていた腕を持ち上げて、僕の首に回した。そして僕の頭を抱き寄せて、僕の肩に優しく頭を擦り付けた。
「シド、あいしてる。」
春の日差しのような暖かい声で、ルイは言った。
僕はもう、自分の行動を後悔をするつもりはなかった。この声が、体に伝わるこの力が、紛れもない真実だと、そう確信したからだ。僕もいつかのように彼の背に腕を回し、ルイの心臓の音が聞こえるほどに、強く、そして優しく、ルイの体を抱きしめ返した。そうしてその輪郭を確かめながら、かみしめるようにささやいた。
「僕も。」
心から、あいしてる。
